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曇り、ときどき晴れ、一時雹

天気も天気だし、今日は一日中家にいようかと思ったけれど、
プリチャで夕方「Into the wild」の上映があることを思い出し、観に行くことにした。

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ショーン・ペン脚本・監督作。原作はジョン・クラカワーの同名ノンフィクション(邦題「荒野へ」)。
裕福な家庭に生まれ育ち、アトランタの大学を優秀な成績で卒業した後、
所有していた大金をすべて寄付し、車や持ち物、ID、名前、そして家族を捨て、
アラスカへ向けてヒッチハイクの旅に出た、クリス・マッカンドレスという実在した青年の話です。
私は文字通り予備知識ゼロ、ただショーン・ペン監督ということで
単に「なんとなく気になった」というだけの理由で観に行ったんだけど、
予想以上に感動。しかも140分という長編なのに、全然長く感じなかった。

最近、貧血がひどいこともあって肉を食べている私ですが、
もともとここイングランドに来て肉を食べるのをやめた理由は、
第一にこっちのお肉があんまり美味しく感じなかったこと、
そして、食事を残したくなかったことが挙げられます。
というのも、当初はホームステイをしていて食事はすべてホストマザーまかせ、
となると肉料理が出たときに、食べきれないほどの量の肉が入っていることがあり、
「食べ切れなかったら残していいのよ」と言われたものの、どうしても抵抗があって、
もともとさほど欲しているわけでもなし、それなら思い切って
肉断ちしてしまおう、と決めたのでした。

これは、私の中の小さなエコでもありました。
以前より減ったといえども、今でもときどき物欲が高まったり、
消費で気を紛らわせたりすることもある私には、
物質社会に100%背を向けるということはできそうにないけれど、
それでも私なりに、できる範囲で省エネするよう心がけているつもりです。
たとえば、なるべく新品ではなく古着を買うのもその一つだし(まあこれは私自身の好みと
経済的な理由も大きいけど。たまに高い新品とか欲しくなるしね、どうせ買えないけど)、
食べ物を残さず食べることもそう。当たり前のことだけど、
特に一人暮らしだと食材を買うタイミング、作る量など、
無駄をなくすためには意外と計算が必要だったりする。
また、こっちでは貧乏ゆえ物を本当に大切にするようになったので、
そういう意味でこのギリギリ生活も、私には貴重な経験だと思います。

こんなふうに考え始めると、いろんなところに思考が及び始め、やがて極論に行き着きます。
たとえば仕事について。生きていくためのお金を得るには、
経済活動に加わらなければならないわけで、しかもそのためには
たとえ無意味に捨てられる資源がたくさんあると知っていても、
さらなるお金や資源を使って新しい商品を生み出すということをする。
人々は広告や周囲に煽られて、今あるもので十分まかなえるはずなのに、
それらは不用品として手放し、新しいものを手に入れようとする。
そのために行われる競争、そしてお金、お金、お金……。

その点、自然はなんて美しいんだろう!
動物たちはお腹が空いたときしか獲物をとらないし、
なにより脳と体の動きに無駄がない。
なのに私たち人間ときたら、いろんなものに惑わされ、目移りし、
あっちこっち迷い歩き、時に無闇に破壊する。
そのうえ欲しいものは新しい服に車に家に…キリがない!
もっとシンプルで心が豊かになる暮らしがあるはずなのに。
ああ、自分も自然に還って、自由で素朴な生活を営めたら……。

そんなふうにクリス青年が考えたかどうかはわかりませんが、
とにかく彼は、この現代の物質社会に嫌気がさし、
また、そういうことに無頓着なうえに喧嘩の絶えない両親に反発し、
ひとり、すべてを捨てて旅立ったわけです。極論を実現化すべく。

若さゆえに怖いもの知らずの無鉄砲だったかもしれないし、
ひとりアラスカの自然に挑む割には準備が足りなかったかもしれない。
でも、若いときの旅って案外あんなもんだと思うし、
時にその勢いが運をもたらして、何事もなく前に進んでいったりすることもあるので、
そのことをどうこう言うのはあくまでも結果論であり無意味だと思う。

それより私が思ったのは、本当に本当に当たり前のことだけれども、
結局人間は人間社会でしか生きられないということ。
トナカイがトナカイの社会で生きるように、オオカミがオオカミの社会で生きるように、
人間は、たとえどんなに自然に憧れたとしても、
ほかの人間と力を合わせて、人間社会で生きるべきなんだと思う。
ある日、クリスが運よく大型のヘラジカをしとめて、
教本どおりにその肉をさばき、保存しようとするんだけど、
結局失敗してウジ虫が湧き、オオカミのエサに成り果てるシーンがある。
彼はその日の日記に「ヘラジカなんか撃たなければよかった……」と
悔恨の気持ちを綴り、しばらく落ち込む。
またある時は、普通のシカ(だったかな?)を撃とうとするが、
後ろから小ジカが付いてくるのを見て、撃てなくなってしまう。
人間にしてみれば当たり前の感情だけど、動物はそんなこと考えない。罪悪感だってない。
だから自然に生きているわけで、その強さ、厳しさは人間が太刀打ちできる類のものではない。
(追記:ここでいう「人間」とは、文明の発達した社会で生まれ育った人間のことです)

現代の文明社会で世間の影響を受けることなく、ひたすら己の道を極め、
切り拓いてゆくというのは至難の業、まさに孤独な闘いでしょう。
だけどだからといって、森の中に逃げ込むわけにはいかない。
気づいてしまったからにはやるしかないし、やり始めたら続けるしかない。
村上春樹も「進化は孤独で淋しいものだ」って言っていた。
でも進化を目指すのは人間の性。私たちはそんな中で生きている。
となると考えるべきことは、どうやって進化するかってことに尽きますよね。

ところでアラスカといえば、なんといっても写真家の星野道夫さん。
彼の著書「旅をする木」は、人生の愛読書として挙げられる一冊です。
しかしアラスカに向かう人は、なぜみな早世なのか。
もしかすると、アラスカが人を選んで、引き寄せているんでしょうか。

この映画、日本では今秋公開予定のようです。
公開の折には、ぜひ。

●today's quotes:Hermann Hesse
道はうしろにではなく、前に通じている。
おおかみや子どもへではなく、いよいよ遠く罪の中へ、
いよいよ深く人間となることの中に通じている。
(高橋健二訳「荒野のおおかみ」より)

by satoritti | 2008-03-21 12:03 | film

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